私が旅をしたい(する)理由【旅人生5年目】

「旅をしたい(する)理由って何ですか?」

旅をしていれば、本当にたくさんの経験や出会いがある。

 

世界のあちこちで人と出会う中でしたい(する)理由って何ですか??」と聞かれることもちらほら。

 

そんな単純な人の質問に一言で答えてしまえばそれまでなのだが、私にとってはどうしても切り離せない旅を始めるに至った経緯というものが物語のように頭に焼きついている。

 

旅が人生となって5年近くが経ついま、今に至るまでのポイントを書いてみることにする。

 

あなたが旅に出ようか悩んでいて、この記事が役に立てばそれは光栄だし、そうじゃなくても最後まで読んでもらえたら嬉しく思う、、。  

 

 

旅の始まりはキャプテン翼

 

人生と旅の接点をずっと遡っていくと、それは小学生の頃だった。

 

私が小学生の頃はJリーグが開幕したばかりでサッカーブームの始まりだった。サッカーアニメ「キャプテン翼」のメインキャラクター翼くんといったらサッカー少年みんなの憧れだったと思う。

 

話が大きく反れるそれる前に「旅」との接点を書いていこうと思うが、翼くんにとってボールは友達、ブラジル人の師匠ロベルトとの再会を楽しみに世界一のサッカー選手を目指していく。そして翼くんが言った「サッカーは世界共通、ボール一つあれば世界中の人達とプレーできるんだ!」

 

なぜかこのセリフが小学生ながら胸にズキンと突き刺さった。

 

中学の部活を引退すると同時にサッカーは、ほとんどやらなくなってしまったが、それでも

 

『国を越えて、世界の人々と出会えるワクワクを覚えたことは今でも忘れない。』

 

 

詩の意味なんて考えなかった|終わりなき旅

 

中学にあがると、部活が休みの火曜日は仲間と毎週のようにカラオケに行った。

 

声変わりが遅かったからいつも女性グループの曲ばかり歌っていたこともあったけど、兄貴がいる友達なんかは、ひと昔前の大人っぽい曲をたくさん知っていた。

 

その中で出会った曲の一つがミスチルの『終わりなき旅』だった。

 

意味なんか深く考えて歌ってなんかいなかったけど、なんだか好きだった。

 

閉ざされたドアの向こうに  新しい何かが待っていて
きっと きっとって僕を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

 

 

『まだ見ぬ世界へ飛び込む緊張とワクワクは、
繰り返し歌ったこの歌が私に与えてくれたのかもしれない。』

 

一生懸命という言葉のまやかし


Vyacheslav Argenberg from Seattle, WA, USA [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

 

高校を卒業すると、父親が建築業だったこともあってか自然と建築の道に入った。

 

学生からあがったばかりの頃は寝坊こそよくしたものだけど、仕事は早く一人前になりたくて休憩時間も出来ないことを練習したりと一生懸命頑張った。それから1年が経つ頃には相当に自信もついていた。

 

とにかく早く稼げるようになりたかったし、立派な一人前の大人になりたかった。

 

ただ僕には世界放浪をしたいという大きな夢があった。

 

好きな国へ出会いや感じるままに、まさにこのブログタイトル通り『自由気ままに世界放浪をしたかった』。

 

仕事と夢のはざまで無知の若者なりに疑問に感じていたこと、、それは

 

『仕事を頑張ること』と『自由気ままに世界放浪』は、いつか結びつく日が来るのだろうか・・???

 

仕事を続けていけば給料はあがるだろう、一人前になって独立も可能になるだろう。ただ同時に責任という足枷に科されて、自由に翼を広げることなどできなくなるだろう。

 

一生懸命頑張れば、、いつかきっと旅ができるようになると信じていた19の歳だった。

 

独立して、彼女と結婚?
家庭をもって、家を建てて、ローンを払って、子供が出来て??

 

あれ、そんなことしたら旅どころじゃないよな、、、
一生懸命頑張るって、一生懸命頑張ったら旅が出来ると思っていたのに、、、。

 

今、思えば若者なりに日本人の大好きな『一生懸命頑張る』という言葉のまやかしに一番悩んだ時期だったかもしれない。

 

まわりに旅について相談できる人なんかいなかったし、一人で悩みを抱え込んで苦しい時代だった。

 

 

あの日死んでしまっていたら・・・

 

19歳で、親父と喧嘩して家を出た。

 

友達の家に居候して友達の彼女と3人で仲良く暮らした。だらしなくて友達にたくさん世話になったけど、あの時は本当に楽しかった。

 

「友達とは一緒に住まないほうがいい」
「友達とは一緒に仕事しないほうがいい」

 

なんて人が言うけど、誰がそんなことを言いだしたのだろうか?
どっちも経験したけど後悔したことなんか一度もない。意外とそういう言葉は、そんな経験をしたことのない人が頭ごなしに否定しているだけなのかもしれない。

 

結局友達の家で暮らさせてもらって半年経ったけど、お金なんか貯められずさすがにけじめをつけなければと大好きな愛車だったジープチェロキーを売ってそのお金でアパートを借りた。

 

その年の暮れには、みんなでスタジオを借りて盛大に忘年会をした。

 

まさか、その日の出来事をきっかけに旅を決断して、こうして当時のことを書き下ろすとは誰が想像したろうか?

 

当時の飲み会といえば、最終的に仲間の誰か一人は口から泡を吹いては病院おくりになった。みんな呑み方を知らなかった。

 

この忘年会の犠牲者は幹事の僕だった、目を覚ませば病院にいた。

 

看護師さん「あら、目が覚めたのね。先生を呼んでくるからちょっと待っててね」

 

ついに自分が病院送りになる日がきたかと、半笑いするぐらいの余裕があった。

 

先生「おっ、起きたな。気分はどうだい?」

 

「気分はいいけど、まったく覚えてなくって、、急性アル中で運ばれちゃいましたか?」と尋ねた

 

先生「過度の飲酒で運ばれてくる患者さんの血液中のアルコール度数を知っているかい?」

 

「いや、全然わかりません、、」

 

先生「大抵、急性アルコール中毒で救急で運ばれてくる場合、血液中のアルコール濃度は0.20~0.30%なんだよ。じゃあ、君はいくつぐらいだったかな?」

 

なんだかクイズみたいに聞いてくるが、僕はとっとと答えを知りたかった。

 

「じゃあ0.25%ぐらいでしょうか?」

 

先生「いいや、測定不能だったんだよ」

 

「えっと、、、つまり、、?」

 

先生「死んでいてもおかしくないということだよ」

 

僕は唖然とした

 

「えっと、つまり、、」

 

先生「今、生きていることが奇跡だと思ったほうがいいね」

 

「確かに、、覚えているだけでもば友達の飲みかけのチューハイやビールを10缶ほど呑んで、その後に日本酒を1ℓ近く呑んだ気が、、、それじゃあさすがに運ばれますね、ハハハ」

 

先生「それだけではないんだよ、、本当に君は覚えていないんだね」

 

「え、どういうことですか??」

 

先生「君が住む3階の部屋から飛び降りたんだよ」

 

「え、誰がですか!?」

 

先生「だから君がだよ」

 

「え、僕がですか!?いや、僕でも全然元気なんですけど、、」

 

先生「だから、、それが奇跡だといっているんだよ、普通だったらそんな高さから落ちたら死んでいるよ」

 

僕は突然気持ちがゾッとして自分が記憶にない間に起きたことが信じられなかった、、、

 

「え、でもどうして僕は無事なんですか??」

 

先生「どうやって落ちたんだか飛んだんだかは詳しいことはわからないけど、どうやら落ちた庭先には古びた物干しざおがあってね、なんともうまい具合にそれがクッションの役目をしてくれたようだ。きっと何かに守られたんだね。」

 

病院を出て、仲間や家族と再会するまでは事の重大さを感じていなかった。
周りのみんなは死んだかもしれないと思ったといっていた、、。

 

それからしばらく人生について考えさせられる日々が続いた。

 

『起きて仕事へ行く、忙しく働いて、帰ってきたら飯を食って寝る。』
『待てよ?そんな人生が欲しかったのか・・・?』

 

あのとき死んでいたかもしれない、そしていつ人は死んでしまうかわからない。

 

病院の先生が誰かに救われたねと言っていた、、。
小学生の時に植木から落ちて亡くなってしまった大好きだったおじいちゃんと、16歳のときバイクで一緒に夜遊びをしていた仲間が事故により若くして悔しくも命を落とした。

 

きっと二人が救ってくれたんだな、まだこっちにくるのは早いぞって。

 

そう思うと、人生への胸の張り方が変わった。

 

人にどう思われたっていい、自分の魂が喜ぶことをしよう。

 

そう思ったら、迷うことはなかった。

 

『人生に悔いを残してはいけない、旅にでるぞ、自由気ままに世界放浪をするんだ!』

 

旅に出ることを決断した20歳の出来事だった。

 

花火大会のナンパが開いた旅の扉

 

旅に出ることを決断したけれど、金がないどころか20歳にして150万円ほどの借金からのスタート、何をどうすれば旅にでれるのかなんてわからなかった。

 

そんなとある夏の日、友達3人で花火大会へナンパにいこうということになった。

 

明るい感じの二人のお姉さんに話しかけて一緒に花火を見ながら、少しおしゃべりをしていた。

 

お姉さん「ねえ君、旅人っぽいね、旅してるの?」

 

「世界放浪が夢なんだけど、どうやってやったらいいかわからなくて、、、」

 

お姉さん「あー、そーなんだ!じゃあワーホリしたらいいじゃん!!」

 

「えっ、ワーホリって何?」

 

お姉さん「えー、そんな旅人みたいな格好してワーホリも知らないの?! ワーホリはね、海外で働きながら暮らしたり旅できるビザで1年間海外に生活できるんだよ!」

 

 

一瞬で来たっ!と思った。確実にこれが自分の旅を扉になると確信した瞬間だった。

 

 

「でもどこの国でもいけるわけ?俺スペイン語話せるようになりたくて、、、スペイン行きたい!」

 

当時スペインワーホリは開始していなかった。話を聞いた感じではオーストラリアが自分にはあってそうな気がした。

 

※何年も経ってのことだが最終的にこの5年目を迎える旅はオーストラリアのワーホリから始まった、、。

 

 

 

結局のところ

結局、旅する理由なんていくらでもつけられるけど、

 

本当のところは
『一度きりの人生後悔したくないから、そして、もしもあの時、命を落としていたら、、』という、人生の逆算のような気持ちが本当にやりたいことをあぶれだした。

 

『旅したいからする』
結局旅を始める人は、旅の魅力に憑りつかれるのだと思う。

 

旅することに理由なんてなくていい、理由はあとからやってくる。

 

旅がしたいなら、少しの勇気をもって飛び出せばいい。

 

理由が初めからある旅なんて、なんだかつまらない

 

見えない扉をこじあけてこそ、旅ではないだろうか、、。

 

旅をする人はきっと、旅のない人生が考えられなかった、
それだけのことなんじゃないかな、、。

 

もし旅をしていなかったら、きっと人生はまったく違っただろう。

 

旅のある人生が欲しいなら、心をひらくといい。

 

旅の中で大切な言葉が一つ見つかったらそれでいいのではないか?

 

旅に終わりもなければ、理由なんて必要ない。

 

旅をするまでの過程がすでに旅の始まりで

 

絶景を前にした時の興奮、価値観を壊されたときに広がる武者震い、貧乏にしかできない旅、貧乏ではできない旅、計画通りにいかない旅、人と触れ合うよろこび、美味しいものに出会った時の感動、やりたいことに出会えたとき

 

心をひらいて、旅してみよう、生きてみよう。

 

そうすることで、きっと旅の魅力は何十倍にも、何百倍にも広がるはず。

 

 

 

 

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